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旅順(2)水師営・当時の建物
激戦地を歩いた後は、旅順攻略のピリオドとなる水師営へ。
乃木大将と、ロシアのステッセル将軍との会見が行われた場所です。
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もともとは、漁師の家だか農家だかだったらしく、そんなに立派な所じゃないとは聞いていたけれど、行ってみたらほんとにちっちゃいー!こんな小さな所で、両軍の代表が会見をしないといけないとは、厳しい状況だったんだなー。野戦病院としても使われていたというので、もう少し広いのかと思っていたら、2DKといったところでした。

ここでも、日本語の解説をしてくれる方がいた。中に入って、席につく。(写真左上)係の人が奥、私達が手前に座る。「私がいる方が日本軍、あなた方がいる方にロシア軍が座りました。日本人の方が体が小さいので、日本軍側の椅子の方が高くなっています」あとで座ってみたら確かに、奥の方が高い。こんな所にも気を使っていたんだね。
この机には、もとは野戦病院だったことについて書かれている。(右上)
室内にある食器棚には、当時の器が残ってた。

もう一つの部屋は、既に二回も見てきた、日露戦争の写真を展示していて、最後に復習といったところかな。
そして、記念スタンプが置いてあったので、しっかりノートに押してきた!(スタンプノート持参で行ってよかった)「水師営会見所 観光記念」漢字は中国のだけど、日本人向けだなぁw
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小さな前庭には、八重桜が綺麗に咲いてました。

このほか、市内には、当時の様子を偲ばせる建物も多く残っています。
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(左上)男装の麗人・川島芳子邸(現在は廃墟)(右上)旧旅順監獄、今も監獄らしい。ここは立ち入れないので、恐る恐る門の外から眺めるだけ。(左下)元裁判所、今は?(右中)当時の社交サロンだった建物。ここも入れない、入り口から、ちょっと中を覗かせてもらえた。近くに元関東軍司令部もあり(やはり入れない)。(右下)旧ヤマトホテル向かいの、旧師範学校。今は使われていない、もったいない。

このヤマトホテル周辺の街並みが、昔ながらの建物の並ぶ味のある下町で、すごく良かった♪
旅順の下町写真は、次回に~

*「入れない」とある所は、2009年5月の時点で外国人に解放されていなかった場所です。その後、旅順は解放されたとの発表がありましたので、現在とは状況が違うかもしれません。
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by phedre | 2009-06-11 20:54 | 中国2(大連) | Trackback | Comments(0)
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